続・Twitter(現X)で連日、『死にたい』と呟くような、メンタルがちょっとアレしている諸兄へ。
私はカップ麺の出来上がる速度で、希死念慮を繰り返すような、常に理由もなく「死にたい」気持ちで脳味噌がぐるぐるしているような人間なのだけれど、最近、これについて
「実は『死にたい』の本質って、『こうしたい(けど出来ない)』の裏返しなのでは!?」
と考えるに至ったので、綴ることにする。
簡単に説明すると、死にたい気持ちの根底には、それ以上に強い「実際はこうしたい!こうでありたい!でも阻まれててツラい!!」があって、その『こうしたい』の欲求を、ものすごい大事に尊重してあげたら、死ぬ以外にする事が見つかるんじゃないか、と思ったのだ。
あれよ、物理的に身体がツラくて、もういっそ死なせてくれ……!みたいなのは、別種類かとは思うのよ。
私もアレルギーが酷過ぎて、「いっそ殺せ……」ってなるのは、本当に身体がキツ過ぎて「今すぐこの世から解放してくれ……」ってなってるので。
物理的に身体が病魔に侵されていて、あるいは痛めつけられていて、痛いとか苦しい状態に苛まれている、そういうのはここでは取り上げなくてだ。
いわゆる、希死念慮と呼ばれるような状態、精神的な不安定に陥って「苦しい……死にたい……!」と、ぐるぐると不安が襲ってきているような。そういった部類は、もうちょっと深掘りしたら、抜け出せるものもあるのではないか、そう考えたという話である。
とりあえず、まずは深呼吸。
深く溜息を吐いて、過呼吸を落ち着かせたらスタート。
そして、自分に以下の事を聞いてみる。
「眠くない?」
「それとも寂しい?」
「お腹空いてない?」
「寒くはない?」
要するに、いま生きている中で不快な状態は無いか。それを聞いてみる。
赤ん坊が泣く理由が、大体この辺なので、まずは簡単に取っ払える不快を外していく。
ひとまず気温調節をして、空腹を軽減させられたら、気持ちがちょっと変わってくれるかもしれない。
眠かったひとは、寝たら頭がさっぱりしてくれてるかもしれない。
これで解消してくれれば御の字。
ここでは解決できない、もしくは、寂しいにイエスだった場合はどうだろう。
そんなものは、すぐさま解消できるような気持ちではないような気もする。
「寂しい」って、人肌恋しいとか、誰か相手が居ないと解消しない感情のように思えるかもしれないし。
ところがこれ、「満たされていない」ものがある場合にも、感じてしまう場合があったりするのだ。
孤独、以上に虚しさを抱えている可能性も、ある。
そうしたら、第二段階。「足りていないもの」を探していこう。
例えば、大雑把に「日常の満足度が足りていない」なんてものがあるかも。
私の場合、一日の終わりに「なにもしていない。」と、非常に追い込まれて苦しくなる事が多い気がする。
金銭的に常に余裕が無いことと、その焦燥感から、何もしなかった自分を許可してやる事ができず、落ち着いて眠れなくなる。
私が例え一日、ボーッとしてたところで誰も怒ったりはしない。
だが、焦りが私に休む事を許してくれないのだ。
他にも、部屋が汚いだとか、本当は快適に生きるのに必要な部分に満足出来ないと、不快は溜まる。
意外と、部屋が汚いことの精神面への影響は大きかったりする。
ほかにも、ちょっとした不快を満足させてあげることで、埋まる孤独や虚無は多い。
満たされていない、本当はもっと健やかで快適に生きたいのに、そうできていない。
その、「自分を不快にしている要因」。そこを、一旦立ち止まって深掘りしていくのだ。
ちなみに、ここに「誰か」他人様を登場させないようにするのがコツ。
他人は変わらない、変えられないものなので、「誰それさんさえ居なければ快適」みたいなのは、除外していく。
あくまで自分で出来る変化の範囲で、要因を探すのだ。
先に出した私の場合の解決法だけれど、アナログの日記帳に、ひたすらに解消しきれなかった気持ちを書きまくっている。
ひとつ日記を書き上げてしまうと、作業した気になるし、ゴチャゴチャした気持ちも整理されて、それなりの満足感を得られるので、今のところ効果的である。
あと、お金が無いというのは、充分に生活の不快になる。
お金があれば、希死念慮も軽くなる、という記事を以前書いたように、先行き不安からの解放は、精神の安定にも割と繋がるのだ。
あとお金が無いと、食事も不健康なものになりがちで、満足に栄養が摂れないことで、どんどんダークサイドに落ちていく。
お金の不安は、いっとう最初に解消されたい問題なのだ。
いわゆる、マズローのアレ。
欲求の5段階の最底辺、生理的欲求だとか安全の欲求が満足されないと、というヤツです。
なので、何にせよ衣食住が足りている上で、それでも「死にたい……。」ってなるなら、自分の中の「不快」を満足させてあげたい。
それが何かによっては、少しの労力で解決できるかもしれない。
そういう、自分への「労り」という意味でのご自愛なら、とても建設的でいいじゃないか。
ちなみに、私の場合は金銭的な不快が取り除けないと言う意味で、延々と終わらないのが悩みである。
各所お世話にもなりつつ、パートも頑張ってはいる。本当に日々の支出にキリキリしながら、ほぼほぼカードの引き落としと医療費に消える。
目下色々と足掻いてはいる。だが、体力的にすぐ潰れるのがどうにも出来ない。
日々、誤魔化しごまかし、生き続けている。
そんなギリギリの皆さまへ。


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